反語は、疑問の形を使いながら、強い肯定や否定を伝える言い方です。答えを聞きたいのではなく、「答えは分かっているよね」と相手へ迫る感じがあります。
ここで、あきらめてよいだろうか。いや、よくない。
疑問の形ですが、話し手の答えは「ここであきらめてはいけない」です。反対の内容を強く伝えているため、反語です。
本当に答えを求めているか
疑問文と反語の違いは、文末の形だけでは分かりません。
明日の集合は何時ですか。
話し手は時刻を知りたくて、相手に答えを求めています。これはふつうの疑問文です。
あれほど練習した日々を、だれが無駄だと言えるだろうか。
話し手は「だれも無駄だとは言えない」と考えています。答えを求める質問ではなく、練習した日々には価値があると強く述べる反語です。
自分への問いも、すべて反語ではない
ぼくは、本当はどこへ行きたいのだろう。
話し手自身にも答えが分からず、心の中で考えています。これは自問や疑問であり、必ずしも反語ではありません。
反語か迷ったら、こんなところを見ます。
- 話し手の答えが、前後の文から明らかか
- 相手から新しい情報を得ようとしているか
- 疑問文を断定文に直すと、話の流れに合うか
- 驚き、怒り、決意などを強く示しているか
断定の文に言い換える
反語を見分けるには、疑問の形をやめて言い換えます。
こんな約束を、信じられるだろうか。
→こんな約束は、信じられない。
この努力を、無駄だと言えるだろうか。
→この努力を、無駄だとは言えない。
だれが故郷を忘れられようか。
→だれも故郷を忘れられない。
「だろうか」があれば必ず否定になるわけではありません。「明日は晴れるだろうか」は、天気を本当に気にしている疑問文にもなります。前後の内容に合う断定文へ直せるかを見ると、反語かどうかが分かりやすくなります。
なぜ疑問の形を使うのか
「あきらめてはいけない」と言い切る代わりに、「あきらめてよいだろうか」と問うと、読者も一度答えを考えます。そのうえで「よくない」という話し手の判断に導かれます。
反語には、考えを強く訴えたり、相手に同意を迫ったりする力があります。怒りだけでなく、「絶対にあきらめたくない」という決意や、「こんなことが本当にあるのか」という驚きまでこめられます。効果を書くなら、「強調している」だけでは少し足りません。何を肯定または否定し、どんな気持ちを感じさせるのかまで書くと伝わります。

