定型詩・自由詩・散文詩は、詩の「形」による分類です。大きな違いは、一定の型があるか、行を単位にしているか、普通の文章のように段落の中に続けて書かれているかにあります。
- 定型詩:音数や行などに、一定の型がある
- 自由詩:決まった型はないが、詩の行に分けて書く
- 散文詩:普通の文章のように、文を段落の中に続けて書く
自由詩と散文詩は、どちらも決まった音数にしばられません。二つの違いは、作者が「行」を表現の単位として使っているかどうかです。
定型詩は、一定の型を繰り返す

次の例は、五音と七音を交互に並べています。
朝の駅 五音 白い息吐く 七音 ベルが鳴る 五音 冬の空まで 七音
各行が五・七・五・七という規則に沿っています。このように、音数や行の並びに一定の決まりがある詩が定型詩です。短歌の五・七・五・七・七や、俳句の五・七・五も、よく知られた定型です。
自由詩は、行の長さを表現に合わせて変える
同じ朝の駅を、別の形で書きます。
改札を抜ける 白い息が ぼくより先に 朝へ出ていく
各行の音数はそろっていません。でも、文章の途中で適当に改行したわけではありません。「白い息が」を短い一行にして目立たせ、続く二行で、白い息が先へ進んでいくような動きを表しています。
あらかじめ決まった音数や形には従わず、内容に合わせて行を作る詩が自由詩です。「自由」といっても、形がどうでもよいわけではありません。行の長さや音の響き、間の取り方によって、その作品だけの呼吸が生まれます。
散文詩は、文章の形を使った詩
今度は、同じ場面を段落の形で書きます。
改札を抜けると、白い息がぼくより先に朝へ出ていった。駅の時計だけが、まだ夜を指しているように見えた。
見た目は小説や随筆の一部に似ています。文は句点まで続き、作者が一行ごとの切れ目を示していません。それでも、「息が先に朝へ出る」「時計が夜を指す」というイメージや言葉の響きから、短い文章の中に場面や気持ちが浮かびます。こうした、散文の形で書かれた詩が散文詩です。
散文詩は、「詩ではない普通の文章」という意味ではありません。形は普通の文章に近くても、言葉から景色や気持ちが広がるところは、やはり詩です。
自由詩と散文詩は、句読点だけでは分けられない
「句読点があれば散文詩、なければ自由詩」と覚えるのは正確ではありません。自由詩にも句読点は使えますし、散文詩でも句読点を少なくすることがあります。
大事なのは、文が一つの段落の中に続けて書かれているか、それとも作者が意図的に一行ずつ区切っているかです。
画面上の自動的な折り返しは、作者が決めた改行ではありません。教科書や詩集など、もとの行分けが分かる形で読むのが安心です。
音数が少し崩れたら、自由詩になる?
定型詩でも、すべての行がぴったり同じ音数になるとは限りません。基本の型を保ちながら、一部だけ音を増減させることがあります。短歌や俳句の字余り・字足らずも、その例です。
反対に、自由詩の一行が偶然五音や七音になっても、それだけで定型詩にはなりません。
一か所の音数だけで決めなくて大丈夫です。作品全体を見ると、どんなリズムを土台にしているかが見えてきます。同じ音数の並びが繰り返されているか、一部が崩れても基本のリズムが残っているか。行分けが表現として使われているか、それとも文が段落の中に続いているか。そこまで見ると、三つを分けやすくなります。

