文系ですが、人工知能はじめました。

口語詩と文語詩の違いはなんだろう?見分けるには文末がキーである。

お疲れ様でございます。タワヲです。

本日は、口語詩と文語詩の違いについて、解説したいと思います。

 

詩(ポエム)は、誰が書いた作品であっても、大きく2種類に分けることが出来ます。それが、“口語詩”“文語詩”です。

 

実はその違い、その詩の中に出てくる言葉を見分けることで、口語品なのか文語詩なのかを区別することが出来ます。

 

じゃあ、どのように言葉を見分けるのか??歴史をさかのぼってみると、頭にサササッと入ってきます。

文語詩と口語詩を見分けるには文末がキーとなる。

明治時代までは、文章に”話し言葉”を使用しませんでした。

 

会話では、「昨日楽しかったねー!」と話していても、手紙では、「昨日たのしく候」と書いていたわけです。この「昨日たのしく候」が、”文語”です。

 

その後、言文一致運動が始まります。文章にも”話し言葉”を使用しようとなっていったのです。

 

「吾輩は猫である!」

 

吾輩は猫である!は、がっつり話し言葉です。

 

これまで「候」と書いていたところを、「です」「ます」「だ」「である」と、表現するようになったわけです。これが、”口語”です。

 

今風にすると、「パスタまじ美味かったなーー!またあのお店に行きたい!」という会話を、Lineで「パスタまじ美味く候。またあのお店に行きたく候。」ってメッセージにしたら、喋ってる言葉と同じではないので”文語”

 

一方、「パスタまじ美味かったなーー!またあのお店に行きたい!」という会話を、Lineで「パスタまじ美味かったなーー!またあのお店に行きたい!」ってメッセージにしたら、喋ってる言葉と同じなので”口語”

 

“文語”は他にも、「御座なく候」、「成し下さるべく候」・・・などなど、現代に生きる私たちにとっては、あまり馴染みの無い言葉(歴史的仮名遣)が良く使われますね。

 

で。何が難しいかって、、この馴染みの無い歴史的仮名遣で書かれているからといって、必ずしも文語詩ではない・・・ってところですよね。

 

歴史的仮名遣≠”文語詩”

おそらく、この「歴史的仮名遣で書かれているから文語詩。というわけではない。」という部分が、一番難しくて頭が混乱するポイントだと思います。昔の人が使っていた言葉で詩が書かれているからといって文語詩ではありません。

 

なぜなら、昔の人は、話すときも、文章を書くときも、昔の言葉を使っているからです。

 

たとえば、歴史的仮名遣では蝶々(butterfly)を「てふてふ」と書きます。詩の中に「てふてふ」が出てきたら文語詩!・・・ではありません。「てふてふ」というキーワードだけでは、”話し言葉”か”書き言葉”か分かりませんからね。

 

「蝶々が舞っている」という文章を、「てふてふがひたり。」と書けば”文語”になり、「てふてふが舞ふ。」と書けば、”口語”になるわけです。

 

そこで、重要なのが文末になります。

実際に文語詩と口語詩の文末を見てみよう!

いたつきてゆめみなやみし、

(冬なりき)誰ともしらず、

そのかみの高麗の軍楽、

うち鼓して過ぎれるありき

その線の工事了りて、

あるものはみちにさらばひ、

あるものは火をはなつてふ、

かくてまた冬はきたり

これは宮沢賢治の作品ですが、「文語詩」になります。

「ありき。」「きたりぬ。」など、話し言葉ではない言葉が使用されています。

 

ひかりの澱

三角ばたけのうしろ

かれ草層の上で

わたくしの見ましたのは

顔いつぱいに赤い点うち

硝子様(やう)鋼青のことばをつかつて

しきりに歪み合ひながら

何か相談をやつてゐた

三人の妖女たちです

こちらも宮沢賢治の詩ですが、”口語詩”になります。

「見ました」「ゐた」「です」など、話し言葉が使われています。

 

いかがでしょうか?

かなりざっくりとした解説で分かりにくかったかもしれませんが、

”口語詩”と”文語詩”を見分ける際は、ぜひ文末に注目してみてください。

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