叙情詩・叙事詩・叙景詩は、詩に何が中心に書かれているかで分けます。
- 叙情詩:気持ちや心の動きが中心
- 叙事詩:人物や出来事、物語が中心
- 叙景詩:自然や風景の描写が中心
実際の詩には、気持ちも出来事も風景も一緒に出てきます。そんなときは、言葉の数を数えるより、読み終えたあとに何がいちばん強く残るかを考えると分かりやすいです。
叙情詩は、心の動きを表す
叙情詩では、喜び、悲しみ、不安、憧れなどが中心になります。気持ちを表す言葉が、そのまま書かれるとは限りません。
ノートに消した名前の跡が 光に浮かぶ もう平気だと書く手が いちばん震えている
「悲しい」「つらい」とは書かれていません。それでも、消した名前の跡や震える手から、忘れたいのに忘れられない気持ちや、平気なふりをしたいのに心が追いつかない苦しさが伝わります。
詩の中で「ぼく」「私」と語っている人物を、実在の作者と同じだと決めつけることはできません。小説に語り手がいるように、詩にも作品の中の語り手がいます。ここで読んでいるのは、まず語り手の気持ちです。
叙事詩は、人物や出来事を物語る
叙事詩では、人物が行動し、出来事が時間に沿って進みます。
村を出た少年は 三日目の朝に山を越え 古い旗を 城へ届けた
少年が村を出て、山を越え、旗を届けるという変化があります。「三日目」という時間の流れも示されています。この詩で強く残るのは、少年の気持ちより、何が起こり、出来事がどう進んだかという物語です。
もともと叙事詩という言葉は、英雄や神々、歴史上・伝説上の出来事を語る長い詩によく使われます。学校で三種類を比べるときは、人物と出来事の展開が中心かどうかが大きな手がかりになります。
ただ、何かが起こる詩をすべて叙事詩と呼ぶわけではありません。「友達が転校した」という出来事が書かれていても、その後の寂しさを表すことが中心なら、叙情詩と読む方が自然です。
叙景詩は、風景を描く
叙景詩では、目に見えるものだけでなく、音、匂い、温度なども使って景色を表します。
川霧が橋を隠し 葦の先から 朝のしずくが落ちる
霧に包まれた橋、葦、落ちるしずくが順に描かれています。人物の行動や感情よりも、朝の川辺の様子が中心です。
叙景詩は「気持ちのない詩」ではありません。どの景色を選び、どう切り取ったかに、語り手の感じ方がにじむことがあります。
夕焼けの教室で 空いた机が ひとつずつ遠くなる
これは教室の景色を描いていますが、「遠くなる」という言葉から寂しさも感じられます。風景そのものを見せることに重みがあるなら叙景詩、風景を通して寂しさを伝えることに重みがあるなら叙情詩と読めます。
三つが重なるときは
心の動きが中心なら叙情詩、時間とともに行動や事件が進むなら叙事詩、光や色、音、季節などの景色が広がるなら叙景詩の性格が強くなります。
題名や繰り返される言葉、最後の行も手がかりになります。風景の言葉が多くても、結びで心情が大きく変わるなら、作品の中心は感情かもしれません。出来事が続いていても、同じ思いが何度も繰り返されるなら、叙情性が強いと読めます。
無理に一つへ決めなくてもよい作品もあります。「風景を中心にした叙景詩だが、その風景を通して寂しさも表している」のように、中心と重なりを分けると、作品に合った説明になります。
一つにしぼるなら、「何が多く書かれているか」だけでなく、読み終えたあとに何がいちばん強く残ったかを大事にしてください。その感じを、本文の言葉と一緒に書くと、読み方が伝わります。

